来年のNHK大河ドラマロケ
2003年9月4日 ハウステンボス.STAFF LIFE来年のNHK大河ドラマ「新撰組!」のロケが今日、ハウステンボスでありました。
「武蔵」がいよいよ佳境に入ってきているNHK大河ドラマですが、来年は「新撰組!」っつーことで、制作快調なようです。
といっても、今日ハウステンボスであったのは、嘉永六年(1853年)に浦賀に現れた「米国東インド艦隊(いわゆるペリーの黒船来襲)」の、しかも船上での日常のひとコマのシーンで、コックが蒸気帆船の甲板で逃げたニワトリを追っかけたりそれへ軍人が怒鳴ったりというもの。微笑ましいでんなぁ。つーか、いいのかそんなことで米国東インド艦隊(当時)。どういうノリのドラマなの新撰組。教えてよ香取君。
舞台となったのは、ハウステンボスが所有する幕末帆船・観光丸船上。この観光丸は
幕末に日本が初めて所有した洋式艦船で、1855年8月、時のオランダ国王ウィレム3世が徳川将軍に献上したもの。ペリーの黒船とまさに同時代というわけです。
この観光丸を得て日本は初めて洋式艦船を所有することになり、そして同年10月の長崎海軍伝習所開設と同時に練習艦として使用され、後の明治維新に活躍した勝海舟や榎本武揚らの逸材を生み出していったのです。
ハウステンボスはこれを1988年、オランダ・アムステルダムで当時の姿に忠実に復元、71日をかけて実際に日本まで回航。現在は毎日の大村湾クルーズをキチンキチンとこなしている「マジメ社員」のような船なのですが、時折りNHKさんをはじめとするTV局から『黒船の役を演じて欲しい』と頼まれる、ハウステンボスきっての「女優」でもあるのです。
これまでの出演は、同じくNHK大河ドラマ「徳川慶喜」、年末時代劇「またも辞めたか亭主殿〜小栗上野介物語〜」などの大役のほか、「堂々日本史」「その時歴史が動いた」などの情報バラエティまで多岐にわたります。番組の最後に『撮影協力;ハウステンボス』とあれば、その黒船は観光丸です。CGで四隻に増えたりしてるのはご愛嬌ってことで(笑)
ところで、大村湾観光クルーズに使っている船だから「観光丸」というわけではありません。国王が贈ったのはじつは中古艇で、オランダ海軍所属時代は「スンビン」といい、それを幕府側が「観光丸」と命名したのです。
―――なぜか。
「観光」という言葉の始まりは、中国の『易経(五経のひとつで、周の初期(紀元前10世紀前後)の書)』にある「国の光を観る。もって王に賓たる利あり。国の光を観るとは賓を尚ぶなり」にあるとされています。
『易経』によれば、一国の治世者は、領地を旅して人々の暮らしを見ることによって、よい政治が行なわれているかどうかを確認せねばならないとされていました。それと同時に、よい政治の下で、人々がいきいきと暮らすことができれば、他国に「光を示す」ことにもつながる、というのです。つまり、観光の原点は、「人々の暮らしを見る」とともに、その地域に住む人々が「自ら光を示す」ことでもあるのです。
幕府はそんな大義名分をこの船に込めたのでした。
・・・意外にでかい概念なんですね(「へぇ」ボタン幾つ押します?)
というわけで、ハウステンボスにお越しの際は、この「地味社員の皮をかぶった大女優」にも一度会ってやってくださいね(^^)
「武蔵」がいよいよ佳境に入ってきているNHK大河ドラマですが、来年は「新撰組!」っつーことで、制作快調なようです。
といっても、今日ハウステンボスであったのは、嘉永六年(1853年)に浦賀に現れた「米国東インド艦隊(いわゆるペリーの黒船来襲)」の、しかも船上での日常のひとコマのシーンで、コックが蒸気帆船の甲板で逃げたニワトリを追っかけたりそれへ軍人が怒鳴ったりというもの。微笑ましいでんなぁ。つーか、いいのかそんなことで米国東インド艦隊(当時)。どういうノリのドラマなの新撰組。教えてよ香取君。
舞台となったのは、ハウステンボスが所有する幕末帆船・観光丸船上。この観光丸は
幕末に日本が初めて所有した洋式艦船で、1855年8月、時のオランダ国王ウィレム3世が徳川将軍に献上したもの。ペリーの黒船とまさに同時代というわけです。
この観光丸を得て日本は初めて洋式艦船を所有することになり、そして同年10月の長崎海軍伝習所開設と同時に練習艦として使用され、後の明治維新に活躍した勝海舟や榎本武揚らの逸材を生み出していったのです。
ハウステンボスはこれを1988年、オランダ・アムステルダムで当時の姿に忠実に復元、71日をかけて実際に日本まで回航。現在は毎日の大村湾クルーズをキチンキチンとこなしている「マジメ社員」のような船なのですが、時折りNHKさんをはじめとするTV局から『黒船の役を演じて欲しい』と頼まれる、ハウステンボスきっての「女優」でもあるのです。
これまでの出演は、同じくNHK大河ドラマ「徳川慶喜」、年末時代劇「またも辞めたか亭主殿〜小栗上野介物語〜」などの大役のほか、「堂々日本史」「その時歴史が動いた」などの情報バラエティまで多岐にわたります。番組の最後に『撮影協力;ハウステンボス』とあれば、その黒船は観光丸です。CGで四隻に増えたりしてるのはご愛嬌ってことで(笑)
ところで、大村湾観光クルーズに使っている船だから「観光丸」というわけではありません。国王が贈ったのはじつは中古艇で、オランダ海軍所属時代は「スンビン」といい、それを幕府側が「観光丸」と命名したのです。
―――なぜか。
「観光」という言葉の始まりは、中国の『易経(五経のひとつで、周の初期(紀元前10世紀前後)の書)』にある「国の光を観る。もって王に賓たる利あり。国の光を観るとは賓を尚ぶなり」にあるとされています。
『易経』によれば、一国の治世者は、領地を旅して人々の暮らしを見ることによって、よい政治が行なわれているかどうかを確認せねばならないとされていました。それと同時に、よい政治の下で、人々がいきいきと暮らすことができれば、他国に「光を示す」ことにもつながる、というのです。つまり、観光の原点は、「人々の暮らしを見る」とともに、その地域に住む人々が「自ら光を示す」ことでもあるのです。
幕府はそんな大義名分をこの船に込めたのでした。
・・・意外にでかい概念なんですね(「へぇ」ボタン幾つ押します?)
というわけで、ハウステンボスにお越しの際は、この「地味社員の皮をかぶった大女優」にも一度会ってやってくださいね(^^)
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